― 上限金額の明記と社内研修会での慰労会禁止など、実務への影響を徹底解説 ―
はじめに:なぜ今「飲食ルール」の見直しが必要だったのか
2025年5月30日、医療用医薬品製造販売業公正取引協議会(以下、メーカー公取協)は通常総会において、公正競争規約の運用基準の大幅見直しを決定しました。その中でも特に注目を集めているのが、製薬企業による医療関係者への「飲食や食事の提供」に関する運用基準です。
今回の改訂は、かねてより指摘されていた「曖昧な基準」にメスを入れたものであり、より明確な上限金額の設定や社内研修における慰労の在り方にまで踏み込んでいます。本記事では、変更内容の詳細とその背景、製薬企業の現場担当者(特にMRやマーケティング担当者)が気を付けるべきポイントをわかりやすく整理します。

今回の改訂の全体像
項目 | 旧基準 | 新基準(2026年4月1日施行) |
---|---|---|
飲食の上限金額(アルコール含む) | 明確な上限なし | 2万円(税抜)まで |
食事の上限金額(ノンアルコール) | 同上 | 3,000円(税抜)まで |
医薬情報活動における飲食提供 | 原則5,000円以下で飲食可 | 上限3,000円の「食事」のみに制限 |
社内研修後の慰労会 | 慣例として容認 | 慰労目的の飲食提供は禁止 |
懇親行事 | 広義に容認 | 立食形式に限定、着席形式は禁止 |
1.飲食・食事提供に「上限金額」を初明記
■背景と意図
従来、講演会の演者や座長への謝意として提供される飲食については、「社会的儀礼の範囲内」との表現にとどまり、実務的には各社の裁量に任されていました。しかし、こうした曖昧な基準が「過剰接待」との外部からの批判を招く事態が散見されており、今回の見直しで明確な数値基準が示されたことは極めて画期的です。
■新基準の概要
- 飲食(アルコール含む)提供上限:2万円(税抜)
- 食事(ノンアルコール)提供上限:3,000円(税抜)
特にアルコールを伴う場合は「2万円」が一つのラインになりますが、これはあくまで「上限」であり、「必ず提供してよい」金額ではないことに注意が必要です。実施にあたっては、相手方の立場や社内規定、医療機関の倫理規定なども十分考慮する必要があります。

2.MR活動での飲食は「食事のみ」に限定
■変更点の要旨
これまでは、医療機関外での情報提供活動においては「5,000円以内」での飲食提供が容認されていましたが、今回の見直しではこの上限額を「3,000円の食事」に引き下げ、かつ「アルコールを含む飲食」は完全に禁止となります。
■現場での想定される影響
- ランチミーティングの実施方法変更:アルコールを伴う夕食提供を伴ったミーティングは一律NG。
- 夕方の情報提供活動の再編:これまで「飲食しながら話を聞いてもらう」スタイルが常態化していたケースは根本から見直しが必要。
- 施設外開催の再検討:医療機関施設内での活動が困難な場合、施設外での開催は許容されるが、飲食の内容に細心の注意を払う必要がある。
3.社内研修会における「慰労会」は禁止
■これまでの慣習との決別
製薬企業においては、社内講師による研修会の後に食事を伴う懇親の場(いわゆる慰労会)を設けることが慣例的に行われてきました。しかし、これが「きょう応(供応接待)」と捉えられるリスクを排除すべく、今後は一切禁止となります。
■認められるケース・禁止されるケース
ケース | 可否 | 備考 |
---|---|---|
社外講師への謝意を込めた食事提供 | △ | 運用基準の上限内かつ社会的儀礼の範囲であれば許容される可能性あり |
社内講師への食事提供(慰労) | × | 一律禁止 |
着席形式での懇親会 | × | 禁止。立食形式に限り許容 |
4.懇親行事は「立食形式のみ」容認
新基準では、医療関係者を交えた懇親行事において「着席形式での飲食提供」は原則禁止されました。これは、接待色を薄めるための措置であり、「立食=短時間・軽食中心・自由退席可能」といった特徴が評価された形です。
- 着席形式:過度な歓待と見なされる懸念 → 禁止
- 立食形式:形式的・儀礼的な交流 → 容認
5.改訂の背景:社会的信頼の回復とグローバルスタンダードへの対応
- 医療費抑制の世論の高まり
- 製薬業界への「利益供与」批判
- 欧米諸国での透明性規制(Sunshine Act等)との整合性
今後、日本の製薬業界がグローバル市場での信頼を確保するためには、「透明性」「公正性」「倫理性」の3点が不可欠であり、今回の見直しはその第一歩として評価されています。
6.実務担当者(MR・マーケ部門)が取るべきアクション
✅ 今から準備しておくべきポイント
- 社内研修の見直し
・講師への謝意をどう示すか?
・実施後の「慰労」をどう捉えるか? - プロモーション計画の再構成
・薬剤説明会での「食事提供」が前提になっていないか?
・イベント設計に立食制限を考慮しているか? - 院内規定のチェック
・医療機関ごとの接遇規定との整合性を再確認 - 営業現場への明確な通達と教育
・「3,000円の壁」は金額だけでなく「信頼の壁」

まとめ:規制強化はチャンスに変えられる
今回の運用基準見直しは、製薬企業にとって制約の増加とも映りますが、見方を変えれば「本質的な価値提供」への転換点でもあります。形だけの弁当提供や飲み会頼りのプロモーションから脱却し、真に医療に貢献する情報発信を行う絶好の機会です。
今後は、規制を正しく理解し、建設的かつ創造的な営業活動に昇華していくことが製薬企業の競争力そのものになります。
本記事が、現場の皆様の実務設計に役立てば幸いです。施行は2026年4月1日。準備は「今」から始めましょう。
(情報源:メーカー公取協公式発表・ミクスOnline記事 artid=78449 ほか)
※この記事は業界関係者向けに情報をわかりやすく整理したものであり、詳細・正確な解釈については公取協公式発表資料をご参照ください。
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