2025年度春の取り組み方針と賃金向上の全貌 ~製薬企業が挑む「人」への投資と働き方改革~

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はじめに

 日本の医薬・化粧品産業は、国民の健康と豊かな生活を支える重要な基幹産業です。昨今、厳しい薬価制度や原材料費の高騰、グローバルな競争環境の中で、各企業は内部改革と人材投資に注力しています。2025年度は、特に「賃金向上」および「総合労働条件の改善」が大きなテーマとなり、業界全体での取り組みが進んでいます。本記事では、医薬化粧品産業労働組合連合会(薬粧連合)が発表した「2025年度春の取り組み結果」をはじめ、各大手製薬企業の事例や新薬開発の動向、今後の課題と展望について詳しく分析します。

1. 2025年度春の取り組み結果の概要

1-1. 妥結組織とその実施状況

 薬粧連合の報告によると、2025年度の春闘における賃金の取り組みは、加盟27組織中、2025年3月末時点で10組織が労使交渉の結果として妥結しています。これらの組織は、第一三共、中外製薬、アステラス製薬など大手企業を中心としており、全ての妥結組織で定期昇給(定昇)が実施されています。

 さらに、妥結組織のうち9組織中8組織では、通常の定期昇給に加え、ベースアップや特別一時金など固定給の引上げが実施され、従業員の実質賃金向上を図る施策が強化されています。

1-2. 昨年度との比較と今後の展望

 報告書によれば、2025年度の賃上げ妥結内容は、昨年度(2024年度)同時期と平均的には同程度の推移を示しています。しかしながら、各社の経営状況により交渉結果のばらつきは大きく、業績好調な企業では昨年度以上の高水準が実現される一方、経営が厳しい企業では賃上げ率が抑制される傾向にあります。

 また、4月以降も引き続き追加のベースアップや特別一時金の要求が検討されている組織が存在するため、今後の交渉結果に注視が必要です。特に、規模の小さい組織においても、薬粧連合は積極的な支援を継続し、全体としての賃金改善を促進する方針です。

2. 厳しい業界環境とその背景

2-1. 薬価制度の影響とコスト圧力

 製薬業界の大きな特徴のひとつは、医薬品の薬価が公定価格で決定されるため、エネルギーや原材料費の高騰、さらには賃上げによる労務費の増加分を企業が自由に価格へ転嫁できない点にあります。毎年の薬価改定により、多くの医薬品の価格は下落傾向にあり、企業収益の厳しさが増しています。

 こうした状況下で、各社は内部の効率化と経営改革を進めるとともに、従業員への賃金向上という「人」への投資を、企業の持続的成長の基盤として捉えています。

2-2. 人材投資と採用競争の激化

 製薬企業は、研究開発や技術革新を支えるため、優秀な人材の獲得と定着に注力しています。特に、MR(Medical Representative)や研究職、製造関連職においては、外資系企業やベンチャー企業との採用競争が激化しており、労働条件の改善が企業の競争力強化に直結しています。

 高い賃上げや充実した福利厚生、柔軟な働き方の導入など、各社は従業員が安心して長期にわたり働ける環境づくりに取り組んでいます。これにより、企業は業界内外での人材獲得力を高め、今後の技術革新や新薬開発への投資を支える体制を整えています。

3. 2025年度春の取り組み方針と基本戦略

3-1. 賃金向上の基本方針

 薬粧連合が掲げる2025年度春の取り組み方針では、以下の点が基本戦略として示されています。

  • 実質賃金の向上:物価上昇分を上回る実質賃金の向上を目指し、従業員の生活基盤を強化する。
  • 定期昇給とベースアップの両立:定期昇給を基本としつつ、ベースアップや特別一時金などを併用して固定給の底上げを図る。
  • 個別交渉の尊重:各企業の経営状況に応じた柔軟な交渉を進め、現場の実情を反映した賃金改定を実施する。

3-2. 総合労働条件の改善施策

 賃金の向上に加え、企業は総合労働条件の改善にも取り組んでいます。具体的な施策は以下の通りです。

  • 自律的なキャリア形成の支援:社内リクルート、兼業制度、副業の推進により、各従業員が自己のキャリアアップを図る仕組みを整備。
  • 多様性の推進:育児・介護と仕事の両立支援、女性や高齢者など多様な働き手への配慮を強化し、誰もが働きやすい環境作りを進める。
  • 柔軟な働き方の導入:テレワーク、フレックスタイム制、勤務場所の選択肢拡大など、働き方の柔軟性を高める施策を実施。
  • 労働時間と健康管理の徹底:ワーク・ライフ・バランスの実現、過重労働の是正、定期健康診断やストレスチェックの充実を図る。
  • 高年齢者の活躍促進:定年制度の見直し、再雇用時の賃金水準引き上げ、退職金・年金制度の改善により、シニア人材の戦力化を推進する。

4. 製薬企業各社の事例と最新動向

4-1. 賃上げ施策の具体例

 大手製薬企業では、労使交渉を通じて定期昇給に加え、ベースアップや特別一時金による固定給の増額が実現されています。たとえば、日本新薬、中外製薬、アステラス製薬などでは、従業員一人ひとりの給与が、企業の業績好調に応じた形で引き上げられており、労働組合との協議を通じた成果が着実に反映されています。

 また、企業ごとに経営状況の違いが賃上げ率のばらつきとして現れており、好調な企業は昨年度を上回る高い賃上げ率が実現される一方、業績が厳しい企業では賃上げが控えめになる傾向にあります。

4-2. 新薬開発と企業戦略の両輪

 製薬企業は、賃上げや労働条件の改善を進めながら、同時に革新的な新薬開発にも注力しています。以下は、各領域での主な動向です。

  • がん領域:ヤンセンファーマは、BTK阻害薬や抗PD-1抗体など、がん治療における複数の新薬の発売を計画しており、国内市場への参入が期待されています。また、第一三共はADC(抗体薬物複合体)を活用した乳がん治療薬を開発中で、既存治療との併用療法として注目されています。
  • 精神・中枢神経領域:ファイザーは経口CGRP受容体拮抗薬「リメゲパント」を申請中で、従来の抗体医薬に代わる経口剤として、片頭痛の予防および急性期治療に新たな選択肢を提供する見通しです。また、塩野義製薬や大正製薬は、うつ病や不眠症に対する新規作用機序の治療薬の開発に取り組んでいます。
  • 神経・筋およびALS領域:バイオジェン・ジャパンは、家族性ALSに対する初の治療薬として、アンチセンス核酸によるSOD1タンパク質生成抑制剤を発売予定です。さらに、中外製薬はデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する初の遺伝子治療薬の申請を進めるなど、希少疾患における革新的治療法の実現が期待されています。

5. 今後の展望と業界が直面する課題

5-1. 人材確保と競争力強化

 製薬企業は、今後も技術革新と新薬開発を推進するために、優秀な人材の確保と定着を最優先課題としています。充実した賃上げと労働条件の改善は、企業ブランドの向上とともに、グローバル市場での競争力強化につながると期待されています。

 また、外資系企業やベンチャー企業との人材獲得競争が激化する中で、柔軟な働き方やキャリア形成の支援が、企業の魅力を左右する重要な要素となっています。

5-2. 業界全体での連携と政策提言

 薬価制度の厳しさやコスト圧力の中で、製薬業界は個々の企業だけでなく、業界全体としての底上げが求められています。薬粧連合は、賃上げ交渉を通じた成果をもとに、国民の健康を守るための政策提言や、他業種との連携強化にも取り組んでいます。

 業界全体での協力が進むことにより、企業は内部改革を加速し、長期的な成長戦略の実現に寄与することが期待されます。

5-3. DX・AI技術の活用による業務効率化

 製薬企業は、研究開発や生産プロセスの効率化のため、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI技術の導入を進めています。これにより、業務プロセスの合理化や、柔軟な働き方の実現が促進され、結果として生産性の向上と賃金上昇の好循環が期待されます。

5-4. 高年齢者の再雇用と働き方改革

 高齢化が進む中、従来の定年制度や再雇用時の賃金引き下げ慣行は見直されつつあります。各社は、定年後も安心して働ける環境を整備するため、再雇用時の賃金水準引き上げ、退職金・年金制度の改善、さらには柔軟な勤務形態の導入など、シニア人材の活用に向けた取り組みを進めています。

6. 製薬企業の賃上げ施策と新薬開発戦略の融合 ~未来を切り拓く「人」と「技術」のシナジー~

 2025年度春の取り組み結果からは、単なる賃上げだけでなく、企業が中長期的な成長戦略の一環として「人材」への投資を強化している姿勢が見て取れます。製薬企業は、優秀な人材の確保を背景に、新薬開発や技術革新を推進することで、競争力を高め、将来的な市場シェア拡大を狙っています。

  • 優秀な人材の定着:充実した賃上げと労働環境の改善は、従業員のモチベーション向上とともに、企業としての魅力を高め、長期的な人材定着につながります。
  • 新薬開発の加速:がん、精神・中枢神経、ALSなど各領域での革新的医薬品の開発は、企業の将来的な成長を支える重要な柱となります。これらの新薬は、従業員の専門知識と技術力の結集により実現されるものです。
  • 業務効率化とDXの推進:最新技術の導入により、業務プロセスが効率化され、研究開発や製造現場の生産性が向上。結果として、企業全体の収益力向上が賃上げにも寄与します。

 このように、賃上げ施策と新薬開発戦略は、相互に補完し合い、企業の競争力強化に大きく貢献する重要な要素となっています。

7. まとめ ~未来への投資としての賃上げと働き方改革~

 2025年度の春は、製薬企業にとって賃上げと働き方改革の両面で極めて重要な転換期となっています。薬粧連合が示す妥結結果からは、全加盟組織において定期昇給が必須となり、ベースアップや特別一時金の導入を通じた固定給の底上げが進められていることが確認されます。

 また、厳しい薬価制度の中で、企業は内部改革と効率化を進めつつ、優秀な人材の獲得・定着のために賃上げや総合労働条件の改善を図っています。これにより、実質賃金の向上や働き方の柔軟性の実現、さらには新薬開発を支える技術革新といった、企業全体の成長戦略が一層強化される見込みです。

 今後は、4月以降も追加の交渉や新たな要求が出る可能性があり、企業と労働組合、さらには政策担当者が連携して、産業全体の持続可能な発展に向けた取り組みを継続していくことが求められます。製薬企業にとって、賃上げは単なる数字の向上ではなく、将来の革新的医薬品開発と国民の健康を守るための重要な投資であるといえるでしょう。

 このブログ記事が、2025年度春の取り組み方針と賃金向上の全貌、そして製薬企業の未来への戦略を理解する一助となり、業界全体の今後の発展に対する関心を高めるきっかけとなれば幸いです。

終わりに

 本記事では、薬粧連合が発表した2025年度春の取り組み結果を中心に、製薬企業の賃上げ施策や総合労働条件の改善、さらに新薬開発と企業戦略の融合について詳細に分析しました。厳しい薬価制度や経営環境の中で、企業が「人」への投資を強化することは、業界全体の競争力向上に直結します。今後も各社の取り組みと業界全体の動向に注目し、持続可能な成長と国民の健康を実現するための議論を深めていく必要があります。

 皆さまも、ぜひこの情報を参考に、製薬企業の現状や今後の展望についてご意見や議論を交わしていただければと思います。

【参考情報】

  • 薬粧連合「2025年度春の取り組み結果」(2025年4月4日掲載)
  • 各製薬企業の春闘関連記事および新薬開発に関する分析資料

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