🖋️ はじめに:なぜ今、「高齢者×後発品」なのか?
2025年現在、日本の総人口に占める65歳以上の割合は約29%に達し、高齢化は加速する一方です。医療費抑制の観点からも、後発医薬品の普及促進は厚生労働省の重要課題となっています。しかし、高齢者への⾼い普及率を実現するには、単なる「価格訴求」以上の工夫が不可欠です。日本老年薬学会が2025年6月24日に発表した声明では、後発品切替時の高齢者特有のリスクや配慮事項が詳細に指摘され、製薬企業や医療現場への提言がなされています。本稿では、同声明の要点をふまえながら問題点と今後の影響、そして企業として取り組むべき対策と展望を整理します。
📌 目次
- 問題点の整理
- 不十分な説明と理解不足
- 機械的切替のリスク
- 多職種連携の課題
- 剤形・基剤の違いへの配慮不足
- 同等性試験の限界
- 今後の影響予測
- 対策と展望
- 患者説明・同意取得の強化
- 実臨床データの収集・活用
- 多職種連携体制の構築
- 教育・研修プログラムの充実
- まとめ
1. 問題点の整理
1.1. 不十分な説明と理解不足
「本制度下で薬剤を変更して調剤する理由を患者さんが十分に理解・納得していない場合には疑問や不安が大きく、特に高齢者では説明内容を理解・認識しにくいことが課題である。」
(JSGP声明より抜粋)
高齢者では、認知機能や聴力低下、医療リテラシー差などから、後発品切替の「理由」や「メリット・デメリット」を正しく受け止められないケースが散見されます。特に、薬局での説明時間が限られる中、「安いから変えました」では患者の安心感は得られず、結果として治療アドヒアランス(服薬遵守率)低下を招く恐れがあります。
- ポイント
「なぜ同じように効くのか」「品質はどう担保されているのか」を患者目線で丁寧に解説 - 家族や介護職との情報共有もセットで実施
1.2. 機械的切替のリスク
「先発医薬品と後発医薬品間の治療学的差異が否定できない場合があることを踏まえると、…機械的な後発品への変更は避けるべきであると考えられる。」
(JSGP声明より抜粋)
機械的切替とは「安い・同種だから」「リベート(調剤報酬)向上のため」という一律基準での変更を指し、高齢者の臨床状態・併存疾患を無視した切替は重大なリスク要因です。例えば、外用薬の基剤違いによる吸収率や塗布感の変化は、皮膚トラブルや効果不足を招くケースがあります。
1.3. 多職種連携の課題
「効果、安全性および品質に関わる情報を聴取し…適宜、医療機関への疑義照会を行い…提供する必要がある。」
(JSGP声明より抜粋)
高齢者のケアには、医師・看護師・介護職・薬剤師が一体となったチーム医療が不可欠。しかし現状、薬局—医療機関間の情報交換フローは整備途上で、疑義照会頻度やフォローアップ体制にもばらつきがあります。結果として、切替後の副作用や効果不良が「伝達ミス」で見逃されるリスクが残ります。
1.4. 剤形・基剤の違いへの配慮不足
「医療上の必要性④」において、剤形違いによる服用困難や配合変化を防ぐための基準が示されている。
(JSGP声明より抜粋)
高齢者は、嚥下障害や皮膚脆弱など、剤形や基剤選択が治療効果に直結しやすい層です。クリーム⇔軟膏、錠剤⇔散剤などの変更では、服薬/塗布のしやすさ、残薬管理、保存条件などにも配慮が必要です。
1.5. 同等性試験の限界
「標準製剤と試験製剤で…病態皮膚で有効成分の移行に差が生じ…臨床試験の実施を検討する必要がある。」
(JSGP声明より抜粋)
現行の生物学的同等性試験は、健常成人の健常皮膚/消化管を対象としており、高齢者の病態皮膚や併存疾患下でのデータは不足しています。これにより、実臨床での効果・安全性予測にギャップが生じる可能性があります。
2. 今後の影響予測
影響項目 | 内容 |
---|---|
治療成果のばらつき | 剤形・吸収特性の違いにより、効果不十分や症状悪化が発生しやすくなる。 |
患者・家族の信頼低下 | 「効果が見えないのに切り替えられた」と感じ、医療者への不信を招く。 |
薬剤師の判断責任増加 | 「医療上の必要性」の根拠資料作成・疑義照会頻度増→業務負担が増大。 |
制度運用の見直し圧力 | 患者説明・同意、フォロー体制の不備が明確になり、厚労省の制度改正に影響。 |
製剤開発・承認基準の見直し促進 | 高齢者臨床試験や剤形標準化の導入要望が強まり、開発コスト・承認期間に変化が。 |
3. 対策と展望
3.1. 患者説明・同意取得の強化
- ポイント①:多様なツール活用
パンフレット、動画、模型など視覚的に理解しやすい資料を整備 - ポイント②:家族・介護職への説明会
薬局×介護施設合同でのミニセミナー開催
3.2. 実臨床データの収集・活用
- リアルワールドデータの活用:高齢者施設・在宅医療のデータベースと連携し、効果・安全性を継続モニタリング
- 臨床試験の促進:疾患別・剤形別に高齢者対象の薬力学/薬物動態試験を実施
3.3. 多職種連携体制の構築
- 電子疑義照会システムの導入
- 服薬フォローアップの標準化プロトコル作成
- チームミーティング(薬局×医療機関×介護)の定例化
3.4. 教育・研修プログラムの充実
- 製薬企業による社内研修:高齢者特有の生理変化とジェネリック医薬品の特性
- 医療・介護職向けeラーニングコンテンツ開発
- 資格認定プログラムの設置:高齢者ジェネリック調剤認定薬剤師
4. まとめ
高齢化が進む日本において、後発医薬品の普及は医療費抑制の切り札となり得ます。しかし、高齢者特有の課題を無視した機械的切替は、治療成果や医療現場への信頼を損なうリスクと隣り合わせです。JSGP声明が指摘するように、「効果・安全性を担保するためには機械的切替は避けるべき」との考え方は、製薬企業としても製剤開発から普及支援まで一貫した品質保証体制を整備する上での重要な指針となります。
今後は、リアルワールドデータの活用や多職種連携の強化を通じ、患者中心の医療を実現しながらコスト効率も両立させる必要があります。製薬企業各社がこれらの対策を主導し、高齢者のQOL向上と持続可能な医療制度の両立を目指しましょう。
参考
日本老年薬学会声明「高齢者に対する後発医薬品の使用に関する提言」2025年6月24日
https://www.jsgp.or.jp/wp/wp-content/uploads/2025/06/jsgp-gaiyo-statement-20250624.pdf
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